採用できない前提で、作るものをどう決めるか
2030年に IT 人材が 45 万人不足するという経産省の試算は、どの提案書にも載っています。同じ資料に、労働生産性が年 3.54% 上昇すれば需給は均衡すると書かれていることは、ほとんど引用されません。
日本で技術の仕事をしていれば、この数字は何度も見ているはずです。2030年に IT 人材が約 45 万人不足する。悲観シナリオでは約 79 万人。採用サービスの提案書にも、DX コンサルの資料にも、ほぼ必ず入っています。
数字自体は本物です。経済産業省が2019年4月に公表した試算で、厚生労働省・文部科学省との三省連携、IT 企業 3,000 社とユーザー企業 3,000 社への調査に 2,173 社が回答しています。
引用されないのは、そのすぐ下の一文です。
経産省は、労働生産性が年 3.54% 上昇した場合、2030年時点の IT 人材の需要と供給は均衡すると書いています。縮まる、ではありません。不足が消えます。
私は日本の会議で 45 万人という数字を数え切れないほど聞きましたが、この一文を聞いたことは一度もありません。
試算の中身
計算そのものは、語られ方より単純です。
供給側は、IT 人材が 2018年の 103 万人から 2030年に 113 万人へ増えると見込まれています。労働人口が減っている国で、増加です。供給が枯れるという話ではありません。
需要側は市場成長率で三つのシナリオを置いています。企業アンケートから得た高位の年 4.4% では 2030年の需要が 192 万人になり、供給 113 万人との差が 79 万人です。中位の年 2.7% で 45 万人。低位の年 1% では需要はほとんど増えません。
いずれも労働生産性が年 0.7% 上昇する前提で、これは 2010年代の日本の情報通信業の実績値です。同じ資料には、1995年以降の平均が年 2.4% だったことも書かれています。
つまり 3.54% はかなり高い目標です。直近トレンドの約 5 倍、長期平均の 1.5 倍程度。簡単だとは言いません。
ただ、多くの会社が解こうとしている問題とは種類が違います。ほとんどの企業がこれを採用競争として扱っていますが、国全体で見れば 113 万人は 113 万人であり、どう分配しても総量は変わりません。経産省の試算が示しているもう一本の道は、生産性のほうです。
ソフトウェアにおける生産性とは何か
ここで話がずれます。定義の問題です。
生産性と聞くと、多くの会社はツールを思い浮かべます。CI の改善、自動化、AI コーディング支援、社内の簡単な業務アプリのためのローコード基盤。どれも実際に効きますし、やる価値があります。
ただ、そのどれも「作るのを速くする」だけで、「それを作るべきかどうか」には影響しません。
私の経験では、エンジニアの工数が最も大きく失われているのは、遅い実装ではありません。正しく、期日どおりに作られた、結果的に不要だったものです。
声の大きい一人から出た要望。誰も変更しない設定のための設定画面。既存の三つと内容が重なっている四つ目のレポート、依頼した人がその三つの存在を知らなかったから。何年も前に解消されたシステム制約に合わせた業務を、そのまま保存するための移行。
これは生産性の問題としては現れません。関係者は全員生産的でしたし、成果物の品質も納期も問題ありませんでした。着手すべきではなかった、というだけです。
ツールでは直りません。直るのは上流、スプリントの後ではなく前に決定を置くことによってです。そしてそれは、担当者の肩書が何であれ、デザインの仕事です。
日本に足りていない役割
これは私の解釈ではなく、不足している人材を聞いた調査結果です。
IPA のDX動向2025では、デジタルスキル標準の五つの人材類型のうち、どれが最も不足しているかを聞いています。米国とドイツの答えはデータサイエンティストでした。日本の答えはビジネスアーキテクトで、しかも突出しています。
ビジネスアーキテクトは、目的設定から導入、導入後の効果検証までを、関係者を調整しながら一気通貫で推進する人材と定義されています。何を作る価値があるかを決めて、それが効いたかどうかを確かめるまで離れない人、ということです。
日本に足りていないのは、主に作れる人ではありません。作るものを決める人です。そして決める人が足りない組織では、同じ報告書が描いているとおりのことが起きます。売上ではなく効率化に工数が向かい、全体最適ではなく部分最適に留まり、経営層と IT 部門と事業部門の連携が弱い。
労働市場だけの問題にしにくい数字が、同じ報告書にもう二つあります。
DX を推進する人材の「質」について「過不足はない」と答えた日本企業は 3.8% です。米国は 52.9%。
そして、人材の量が不足していると答えた企業が 8 割を超えているにもかかわらず、人材確保を「行っていない」企業が 19.4% あります。問題を抱えている企業の五社に一社が、その問題に対して何もしていない。これは供給の制約ではありません。何を探しているかが決まっていない状態で、作るものが決まっていないのと同じ失敗が、一段上で起きています。
今年、実際にやること
不足を待つ理由にしない。 ロードマップは採用できたら実行する、という計画で、かつ国の試算がその人数は存在しないと言っているなら、それはロードマップを実行しないという計画です。
代わりにロードマップを削る。意図的に、そして公開の場で。 誰に約束したかではなく、顧客にとって何が変わるかで並べ替えます。私が見るロードマップの下半分は、なくなっても誰も気づきません。そして下半分の項目はいま現在、上半分の工数を食べています。
採用できなくても、決める席に人を置く。 新しい人である必要はありません。名前のついた個人で、断る権限と、後で効いたかどうかを確認する義務の両方を持っていること。この人はすでに社内にいることが多く、たいてい後半の義務を渡されていません。
外部を、作るためだけでなく決めるために使う。 IPA によると、米国とドイツの企業は特定技術を持つ企業や個人との契約を日本より積極的に使っています。日本は社内人材の育成と他部署からの異動に寄っています。社内育成はいい方法で、そして遅い方法です。2030年はそれほど先ではありません。
改善したいものを測る。 行数でもストーリーポイントでもありません。ニーズが認識されてから利用者の前に何かが出るまでの日数と、昨年出したもののうち今も使われている割合。二つ目の数字はどの会社でも居心地が悪くなります。そして経産省の 3.54% が本当に問うているのは、その数字です。
この記事で一番言いたいこと
45 万人という数字は、ほぼ必ず「だからできない」を説明するために使われています。日本の企業システムにおいて、最も体裁のいい言い訳になりました。
出典の資料は、その使い方を支持していません。道を二本示していて、この国は七年間、片方だけを議論してきました。たまたまそれは、制約が外部にあって、社内の意思決定の仕方を変えなくていいほうの道です。
もう一本は、決め方を良くする道です。買うのは難しく、始めるのは簡単です。
参考
- 経済産業省 IT人材需給に関する調査(概要)(2019年4月)。供給は 2018年 103 万人から 2030年 113 万人(表 2)、需給ギャップは中位で 2030年 45 万人(表 1)、高位シナリオの需要 192 万人から 79 万人、年 3.54% の労働生産性上昇で均衡、生産性実績は 2010年代 0.7%・1995年以降 2.4%
- IPA DX動向2025、本文 PDF(図表 3-2、3-3、3-4、3-5)